こんにちは。毎年この時期になると気になる話題の一つが、お薬の価格改定ですよね。特に「値上げ」という言葉を耳にすると、「自分の飲んでいる薬は大丈夫かな?」「医療費がまた上がるの?」と不安になる方も多いのではないでしょうか。
でも実は、2025年に実施された薬の価格改定は、単なる「値上げ」だけではないんです。一部の薬では値下げも行われていますし、その背景には、私たちの健康を守り、医療制度を持続可能にするための重要な政策が絡み合っています。
今日は、この複雑に見える2025年の薬価改定の全体像を、なるべく分かりやすく解説していきます。対象となる医薬品の具体例から、その裏にある国の思惑、そして私たちの生活への影響まで、一緒に見ていきましょう。
2025年の薬価改定は「中間年改定」の3回目
まず、基本から押さえておきましょう。日本では、原則として2年に一度、診療報酬(病院の点数)と一緒に薬の公定価格(薬価)が改定されます。しかし近年、高額な新薬が次々と登場し、薬にかかる医療費が急速に膨らむという課題が出てきました。
これを機動的にコントロールするために導入されたのが「中間年改定」という制度です。診療報酬が改定されない年にも、薬価だけを見直す仕組みで、2025年4月から適用された今回の改定は、2021年、2023年に続く3回目にあたります。
今回の改定の根幹には、2024年6月に決まった「骨太方針」に示された3つの重要なバランスがあります。それは「イノベーションの促進」、「安定供給の確保」、そして「国民皆保険の持続可能性」です。要するに、「画期的な新薬の開発は応援しつつ、みんなが必要な薬を確実に手に入れられるようにし、なおかつ国の医療保険財政を破綻させない」という、非常に繊細な綱渡りを目指しているのです。
その結果、今回の改定による薬剤費の削減額は約2466億円と試算されています。過去2回(2021年:約4300億円、2023年:約3100億円)より規模は小さくなっていますが、それでも大きな影響があることは間違いありません。
薬価が「下がる」メカニズム:市場の実勢価格との乖離
では、なぜ薬の価格が下がるのでしょうか? そのカギは「乖離率(かいりりつ)」という言葉にあります。
病院や薬局が製薬会社や卸から薬を買うときの実際の取引価格(市場実勢価格)は、国の定める公定価格(薬価)よりも安いことがほとんどです。この差の割合が「乖離率」です。乖離率が大きいということは、公定価格が実際の取引価格よりもかなり高く設定されていることを意味します。この「ムダ」を縮小するために、乖離率が一定以上ある薬は、その実勢価格に近づくように薬価が引き下げられるのです。
今回の大きな特徴は、この「一定以上」の基準が、薬の種類によってバラバラに設定されたことです。これが「カテゴリー別施策」と呼ばれる新たな試みです。
例えば、革新的な新薬(新薬創出等加算対象品目)や、価格が安く供給が不安定になりがちな後発医薬品(ジェネリック)については、基準が比較的緩やかになりました。これは、イノベーションを守り、必要な薬を途切れさせないためです。反対に、長年市場に出回っている先発医薬品(長期収載品)に対しては、最も厳しい基準が適用され、多くの品目で値下げが行われています。
この仕組みの変更により、今回の改定の対象となった薬の割合は全体の約53%と、過去2回(約69%)よりも大幅に減りました。国が「全部一律で下げる」から「薬の種類によってケアする」方針に転換したことがよくわかりますね。
薬価が「上がる」メカニズム:安定供給のための措置
一方で、確かに値上げとなった薬もあります。これには主に2つのパターンがあります。
まず1つ目は、最低薬価の引き上げです。薬価には錠剤や注射剤などの剤形ごとに最低価格が決まっています。原材料費や人件費など、あらゆる物価が上昇する中で、この最低価格を約20年ぶり(消費税対応を除く)に引き上げました。具体的には、錠剤やカプセル剤が1錠あたり10.1円から10.4円に、100mL以下の注射剤が1管あたり97円から100円になりました。これにより、すでに最低価格ギリギリで供給されている多くの後発医薬品や基礎的な薬の価格が、約3%程度上がることになります。これは、メーカーが採算割れで生産を止め、私たちが必要な薬を手に入れられなくなる事態を防ぐための重要なセーフティネットなのです。
2つ目は、「不採算品再算定」 という特別な仕組みです。原材料の価格が急激に高騰するなど、どうしても採算が合わなくなった特定の薬について、国が個別に審査して価格を上げることがあります。特に、国民の健康に不可欠で、安定的な供給が強く求められる「基礎医薬品」や「安定確保医薬品」がこの対象となります。過去には、一部の解熱鎮痛薬やかぜ薬などがこの措置を受けました。
実際に値下げされた薬の具体例
では、具体的にどのような薬の価格が変わったのでしょうか? 値下げの例をいくつか見てみましょう。
まず、患者数の多い生活習慣病の領域では、多くの薬で値下げが行われています。糖尿病治療薬では、「ジャヌビア」や「エクア」といったDPP-4阻害薬の中には25~30%の値下げとなったものもあります。また、「ジャディアンス」などのSGLT2阻害薬も、市場の使用量が大きく拡大したことを受けて、約12%の値下げ対象となりました。
眼科の分野でも注目の動きがありました。加齢黄斑変性などの治療に使う高額な注射薬「アイリーア」は、すべての規格で19.5%も薬価が引き下げられました。これらは「市場拡大再算定」というルールが適用されたためで、使われる量が増え、総費用が膨らんだ薬が対象になる傾向があります。
値上げや価格維持の対象となった薬の具体例
では反対に、価格が下がらずに済んだ、あるいは上がった薬にはどのようなものがあるのでしょうか?
大きく2つのパターンがあります。1つは、国が特に開発を奨励している薬です。例えば、新たに小児への適応症を追加した薬や、希少疾患の治療に使われる薬については、「改定時加算」という制度で、他の薬と同じように値下げの対象となっても、一定の加算が上乗せされるため、実質的な価格下落を免れます。2025年改定では、心不全の薬「エンレスト」やアトピー性皮膚炎の薬「オルミエント」などが、小児適応拡大を評価され、この加算を受けました。
もう1つは、先ほども触れた最低薬価の引き上げの恩恵を受ける薬です。多くの後発医薬品や、長年使われてきた安価な基礎医薬品がこれに当たります。これらの薬は、私たちの日常の医療を支える「縁の下の力持ち」ですが、価格が非常に低いため、わずかな原材料費の高騰でも生産が立ち行かなくなるリスクがあります。3%というわずかな値上げですが、メーカーが継続して生産する意思を持ち続けるためには、重要な措置なのです。
初めて適用された「過去の優遇分の控除」とは?
今回初めて本格的に適用された、少し複雑ですが重要なルールがあります。それは「新薬創出等加算の累積額控除」というものです。
簡単に言うと、過去に画期的な新薬として特別に高い価格が認められていた薬(新薬創出等加算を受けていた薬)が、特許切れなどで後発医薬品が登場し、もはや「新顔」ではなくなった時に、これまでに上乗せされてきた加算分の価格をまとめて差し引く、という仕組みです。いわば、「卒業」のタイミングで特別待遇を清算するイメージです。
2025年改定では、21成分・46品目がこの対象となり、一気に価格が引き下げられました。これによる薬剤費削減効果は約562億円と試算されており、今回の改定を特徴づける大きな要因の一つになっています。
薬価改定が私たちに与える影響は?
気になるのは、この価格改定が私たちの医療費にどう影響するか、ですよね。
まず、基本的なことを押さえておきましょう。薬価改定は、国が保険で負担する「公定価格」を変更するもので、私たち患者の窓口負割合(1割から3割)が変わるわけではありません。ですから、改定の翌月から急に自分が支払うお金が2倍になる、といったことは通常ありません。
ただし、間接的な影響は確実にあります。薬価が全体的に抑制されることで、国の医療保険財政の圧迫が少し緩和されます。これは長い目で見れば、私たちが納める保険料や税金の上昇を抑えることにつながる可能性があります。
一方で、懸念されるのは「安定供給」への影響です。特に後発医薬品は、今回の最低薬価引き上げである程度の配慮はされたものの、頻繁な価格改定と低い利ざやの中で、生産を継続する意欲が削がれてしまう恐れがあります。実際、業界団体からは「これ以上の価格引き下げは、必要な薬が市場から消えるリスクを高める」との強い懸念の声が上がっています。
また、医療機関や薬局にとっても、毎年のように価格が変わることは、在庫管理や会計システムの更新など、大きな事務負担となっています。
2025年薬価改定の先にある未来
2025年の今回の改定は、「全部下げる」から「選んで調整する」へと、日本の薬価政策が大きく転換した一歩でした。画期的な新薬の開発意欲を損なわないように配慮しつつ、日常的に不可欠な薬がなくならないためのセーフティネットを設け、医療保険制度そのものを持続可能にしていく。この三方一両損の難しいバランス取りが、これからも続いていきます。
今後注目されるのは、この「中間年改定」制度そのものの行方です。製薬業界からは「開発意欲をそぐ」として廃止を求める声が強く、政治課題にもなっています。2027年以降もこの制度が続くのか、あるいは別の形に変わるのか、それは私たち国民の医療の未来を形作る重要な選択になります。
いかがでしたか? 薬の価格改定は、単なる数字の変更ではなく、私たち一人ひとりの健康と、社会全体の医療制度の形を決める重要な政策です。次に病院で薬を受け取るとき、あるいはニュースで「薬価」という言葉を耳にしたとき、その背景にあるこうした事情に、ほんの少し思いを馳せてみてください。
2025年の薬値上げ一覧から見える日本の医療の選択
今回ご紹介した「2025年の薬値上げ一覧」は、実は値上げだけではない、多面的な政策の結果でした。一部の薬の値上げは、私たちが当たり前に必要とする薬を、これからも当たり前に手に入れられる未来を守るための投資かもしれません。
薬の価格を通じて、私たちの社会が「どのような医療を大切にし、将来に残していきたいのか」という選択が行われている。そんな視点で医療のニュースを見てみると、新たな発見があるかもしれません。
