ゼンハイザーの新モデル「HD620S」は、2024年に登場した密閉型ヘッドホンの中でも特に注目を集めている一台です。これまで開放型モデルの名機「HD600」シリーズで知られてきたゼンハイザーが、その音の哲学を密閉構造に落とし込むとどうなるのか。そんな興味を持っている人も多いはずです。
ここでは、実際の使用感や音質傾向、装着感などを詳しくレビューしていきます。オーディオファンはもちろん、これから初めてゼンハイザーを試す人にも参考になる内容です。
HD620Sとは？密閉型でも自然な音場を実現した新世代モデル
HD620Sは、ゼンハイザーの中核シリーズ「HD600ファミリー」に属する新しい密閉型ヘッドホンです。これまで同社のヘッドホンは、開放型のHD600やHD650が中心で、自然で広がりのある音を持つことで評価されてきました。
一方、HD620Sはその“開放的な音の心地よさ”を、遮音性のある密閉構造で実現することを目指したモデルです。
搭載されているドライバーは42mm径のダイナミック型で、38mmの振動板と150Ωのインピーダンスを持つアルミボイスコイルを採用。軽量かつ反応の速い素材によって、繊細なニュアンスや音の立ち上がりを正確に再現します。
ゼンハイザーが長年培ってきたチューニング技術により、密閉型特有のこもりを感じさせず、開放型に近い自然な空気感を得られる点が大きな特徴です。
デザインと質感：無駄のない堅牢な作り
HD620Sの外観は、シンプルながらも機能美を感じさせるデザイン。マットブラックを基調にした落ち着いた質感で、金属製のヘッドバンドやイヤーカップのフレームが高級感を演出しています。
持ち上げた瞬間にわかる堅牢さは、まさにゼンハイザーらしい仕上がり。日常的に使っても耐久性に不安を感じない構造です。
イヤーパッドは柔らかく、長時間装着しても圧迫感が少ないのが印象的です。開封直後はややクランプが強めに感じるものの、数回の使用で自然に馴染み、快適なフィット感になります。
密閉型ながら耳を完全に覆うタイプなので、遮音性も十分。外部ノイズをある程度カットし、静かなリスニング環境を作ってくれます。
HD620Sの音質レビュー：密閉型の常識を変える広がりと解像感
最も注目すべきは、HD620Sの音質です。密閉型ヘッドホンと聞くと「音がこもる」「音場が狭い」というイメージを持つ人も多いでしょう。
しかしHD620Sは、その印象を大きく覆すサウンドを鳴らします。
低域：タイトで制動の効いたベースライン
まず低音。量感よりも質を重視したタイプで、引き締まった低域が特徴です。ベースやキックは重たすぎず、それでいて芯のある鳴り。
EDMやロックよりも、ジャズやアコースティックなど、低域のコントロールが重要なジャンルで特に真価を発揮します。
密閉型にありがちな“ドンシャリ感”がなく、自然で立体的な音場のベースを支えてくれる印象です。
中域：ゼンハイザー伝統のナチュラルさ
中域の美しさは、HD620Sの最大の魅力。ボーカルが前に出すぎず、音全体の中で自然に存在感を放ちます。
アコースティックギターの胴鳴りやピアノの倍音、弦楽器の艶などがリアルに描写され、長時間聴いても疲れにくい柔らかさを感じます。
特に女性ボーカルやクラシックなどでは、息づかいやホールトーンの再現力にハッとする瞬間があるでしょう。
高域：透明感と柔らかさの絶妙なバランス
高域は、ゼンハイザーらしい繊細さと上品さが両立しています。シンバルやストリングスの煌めきが美しく、刺さることなく自然に伸びていく。
モニター的なキツさではなく、音楽的で心地よい明るさを感じられます。
また、音源によっては少し丸みを帯びた印象を受けることもありますが、これは“長く聴ける音”を狙ったチューニングの結果といえます。
音場と定位：密閉型なのに広く、自然な奥行き
HD620Sを初めて聴いたとき、多くの人が驚くのが「音の広がり」です。
密閉型とは思えないほどの空気感と奥行きがあり、まるで開放型を聴いているような感覚になります。
音像の定位も正確で、ステレオの左右だけでなく前後の距離感までもきちんと再現されます。
この立体的な音場表現は、HD600シリーズで培われた技術が活かされている部分。ゼンハイザーが誇るチューニング力の高さが、ここに凝縮されています。
駆動力とアンプ相性：150Ωが生む高解像度の世界
HD620Sのインピーダンスは150Ω。一般的なスマートフォン直挿しでも音は出ますが、真価を発揮するのはやはり専用のヘッドホンアンプを使ったときです。
アンプを通すことで、音の厚みとダイナミックレンジが一気に広がります。
特に低域の伸びや空間表現が明確に変化し、音の粒立ちが際立ちます。
バランス接続対応のDAC/AMPとの組み合わせでは、より高い分離感と解像感を得られるため、オーディオファンにはおすすめです。
ただし、駆動が難しいほどではなく、ポータブル用途にも十分対応できる点は魅力です。
使用シーンと向いているリスナー
HD620Sは、静かな環境でじっくり音楽を聴く人に最適なヘッドホンです。
開放型では周囲の音が気になる場面でも、密閉構造による遮音性で集中して音楽に没入できます。
在宅ワーク中のBGMや、夜間のリスニングにもぴったりです。
一方で、外出先での携帯性や軽さを求めるユーザーにはややオーバースペックかもしれません。
あくまで据え置き中心で「音をじっくり楽しみたい人」に向けたモデルといえるでしょう。
HD600シリーズや他モデルとの比較
HD620Sは、兄弟モデルであるHD600やHD650と比べると、明らかに異なるキャラクターを持っています。
HD600が開放的でモニター的なフラットさを持つのに対し、HD620Sは密閉型らしい力強さと落ち着きを兼ね備えています。
HD660S2のようなウォームな音よりもやや明るく、すっきりしたトーンです。
他メーカーの密閉型と比較すると、低音過多ではなく中域重視のバランス型。
つまり“音を楽しむためのヘッドホン”というより、“音楽の構造を味わうためのヘッドホン”といった立ち位置にあります。
HD620Sの弱点と注意点
どんなに完成度の高いヘッドホンでも、弱点はあります。HD620Sの場合、次のような点が挙げられます。
- 一部の人には中域がやや引っ込んで聞こえる
- 密閉構造ゆえに、完全な開放感までは得られない
- 音源やアンプによって印象が変わりやすい
ただし、これらは音の個性の範囲であり、欠点というより“味”に近い部分です。
音楽のジャンルやリスニング環境によって最適なバランスが変化するのも、HD620Sの奥深さの一端といえます。
総評：密閉型の常識を超えるHD620Sの完成度
HD620Sは、「密閉型でも開放型のように自然な音を聴きたい」という願いを高い次元で叶えたヘッドホンです。
ゼンハイザーらしい中域の美しさをそのままに、タイトな低音と透明感ある高域が見事に融合しています。
装着感や造りの良さも申し分なく、長時間のリスニングでも疲れを感じにくい設計です。
密閉型の実用性と、開放型の音質の良さ。その両方を求める人にとって、HD620Sは理想的な一本といえるでしょう。
HD620Sレビューで進化したサウンド性能を再確認してみよう
ゼンハイザーHD620Sは、同社の伝統的な音作りを新しい形で体現したモデルです。
音楽を自然に、そして立体的に再現する力は、まさに「進化したHDシリーズ」と呼ぶにふさわしい完成度。
これまで開放型を愛用していた人も、密閉型に抵抗がある人も、一度はそのサウンドを体験してみてほしいヘッドホンです。
