「アキュビュー スマート調光」という名前を聞いて、あの光に反応して色が変わるレンズを思い出す人も多いでしょう。屋外ではまぶしさを抑え、屋内では自然な透明感を保つ――そんな“未来感”のあるコンタクトレンズとして登場しました。しかし、2024年6月をもって販売が終了したと発表され、多くのユーザーが驚きと疑問を抱きました。なぜ、あれほど話題になった製品が姿を消してしまったのでしょうか。ここでは、その背景や技術的な課題、そして再販の可能性について詳しく見ていきます。
アキュビュースマート調光とはどんなレンズだったのか
正式名称は「アキュビュー オアシス トランジションズ スマート調光」。ジョンソン・エンド・ジョンソンが開発した2週間交換タイプのコンタクトレンズで、光の強さに応じてレンズの色が変化する“調光機能”を持っていました。屋外に出ると自動的にレンズが少し暗くなり、まぶしさを軽減。屋内に戻ると徐々にクリアに戻るという、まさに「サングラスいらず」の革新的なコンセプトでした。
紫外線だけでなく可視光にも反応する調光技術を採用しており、目の負担を減らしつつ自然な見え方を維持できるのが特徴。2019年の登場当時は「ついにコンタクトもここまで来たか」と注目を集めました。
しかし、そんな次世代レンズもわずか数年で製造・販売が終了。2024年6月12日に全度数が販売終了となり、現在は一部店舗で在庫分のみ取り扱われている状況です。
販売終了の公式理由：世界的な供給体制の見直し
ジョンソン・エンド・ジョンソンの公式発表によると、「世界的な供給体制の見直しにより、アキュビュー スマート調光の製造および販売を終了する」とのこと。つまり、製品そのものに致命的な問題があったわけではなく、供給体制やコスト面の再評価によって継続が難しくなったという説明です。
とはいえ、「供給体制の見直し」とは非常に広い言葉。実際には、複数の要因が重なった結果とみられています。
技術的な課題とコストの壁
調光機能を備えたコンタクトレンズは、通常のレンズと比べて製造工程が格段に複雑です。レンズ内部に光応答性分子を均一に分散させ、かつ装用中の安全性・快適性を保つ必要があります。この過程では微細なばらつきが生じやすく、製造歩留まりが低くなりやすいという課題がありました。
さらに、調光レンズは素材コストも高く、製造設備や検査ラインも専用のものを必要とします。そのため、販売価格を上げざるを得ず、一般的なレンズよりも高価になりがちでした。市場全体が「コスパ重視」「ワンデータイプ中心」に移行している中で、こうした高価格帯のニッチ製品を維持するのは難しかったと考えられます。
加えて、ユーザーの体感として「変化が分かりづらい」「外では暗すぎる」「屋内に戻っても色が抜けにくい」など、個人差のある使用感も指摘されていました。これは技術的な限界に加え、生活環境や光条件の違いによるものですが、体験のばらつきが口コミ評価に影響した可能性もあります。
コロナ禍以降の生活変化と市場構造のズレ
もうひとつの背景として、「生活様式の変化」が挙げられます。2020年以降、リモートワークや屋内活動が増えたことで、屋外で長時間過ごす機会が減少しました。結果として、「屋外でのまぶしさ軽減」という調光機能の恩恵を感じにくいユーザーが増え、需要が伸び悩んだのです。
一方で、コンタクトレンズ市場全体は「快適さ」「清潔さ」「利便性」を重視する方向へ進化。特にワンデータイプの需要が急増し、2週間タイプのシェアは縮小傾向にあります。アキュビュー スマート調光が採用していたのは2週間交換タイプだったため、この市場トレンドともややずれが生じていました。
サプライチェーンの混乱と原材料の問題
また、世界的な物流・原材料問題も影響したと考えられます。2020年代初頭から続く半導体や化学素材の供給不安、ウクライナ情勢による原材料価格の高騰、輸送コストの上昇などは、医療・化粧品・レンズ業界全体に影響を及ぼしました。
調光レンズに使用される光応答性高分子や特殊顔料は、供給元が限られているため、製造コストの上昇や安定供給の難化が起きた可能性があります。「世界的な供給体制の見直し」という公式コメントは、こうしたサプライチェーンの再構築を意味しているとも読み取れます。
採算性とブランド戦略の再整理
アキュビューは世界的に見ても多くのラインナップを持ちます。「アキュビュー オアシス」「アキュビュー モイスト」「アキュビュー ディファイン」など、ユーザー層ごとに明確なポジションがあり、その中でも主力はやはり「ワンデーオアシス」や「モイスト」シリーズです。
アキュビュー スマート調光は非常にユニークな製品でしたが、対象ユーザーが限られていたため、投資対効果の面では優先度が下がったと見られます。大手メーカーとしては、安定供給できる主力製品に経営資源を集中させる方が合理的。結果として、採算性の低いニッチ製品が整理されたというのが現実的な見方です。
在庫・販売終了後の状況
現在、公式サイトではすでに全度数の販売が終了していますが、一部の眼科・販売店・オンラインショップでは「在庫限り」で販売が続いている場合があります。ただし、度数や使用期限に制限があり、購入時には注意が必要です。
特にマーケットプレイスなどで見かける在庫品には、出品元が不明確なケースもあるため、購入時は必ず「正規販売店」か「眼科併設店」で確認することが推奨されます。医療機器である以上、安全性と使用期限を軽視してはいけません。
再販や後継モデルの可能性はあるのか
現時点では、ジョンソン・エンド・ジョンソンから「再販予定」や「後継モデル」に関する公式発表は出ていません。つまり、少なくとも短期的な再登場は見込めない状況です。
ただし、技術そのものが消えたわけではなく、今後の素材改良や製造技術の進歩によって再び調光レンズが復活する可能性はあります。たとえば、より低コスト・高耐久な調光素材の開発、またはワンデータイプへの応用が実現すれば、再投入の余地は十分にあります。
さらに、「デジタル疲れ」「まぶしさ対策」「ブルーライト軽減」といったテーマは今後も注目される分野です。そうした流れの中で、「調光＋快適装用」というコンセプトが再評価される可能性もあります。
ユーザーが今できることと代替の選択肢
もし現在もアキュビュー スマート調光を使用していた人は、次のような対応を検討すると良いでしょう。
・在庫を購入する場合は、使用期限と販売元を必ず確認する
・「まぶしさ軽減」を目的とするなら、UVカット機能付きレンズや偏光サングラスとの併用を検討する
・快適さ重視なら「アキュビュー オアシス」シリーズなど、装用感の良い通常レンズへ移行する
まぶしさや光疲労は、照明環境やディスプレイ設定でも軽減できます。無理に同じ製品を探すより、生活環境全体を見直す方が現実的な対策になることもあります。
まとめ：アキュビュースマート調光の販売終了は時代の転換点
アキュビュースマート調光の販売終了は、「革新的な技術でも、市場と供給のバランスが取れなければ続けられない」という現実を示しています。製品としての魅力は確かにありましたが、技術・コスト・需要の三つのバランスが難しかったのです。
とはいえ、この挑戦が無駄になったわけではありません。光環境に応じて視覚を最適化するという発想は、今後のレンズ開発に大きなヒントを与えています。もしかすると数年後、より進化した「スマートレンズ」として再び市場に登場する日が来るかもしれません。
それまでは、日常でできるまぶしさ対策や、快適なレンズ選びを意識して、自分の目を守っていきましょう。
