大相撲の結びの一番が終わった後、土俵上で一人の力士が鮮やかに弓を振る姿を見たことがあるでしょうか。あの儀式は「弓取り式」と呼ばれ、本場所の一日を締めくくる非常に重要な役割を担っています。
テレビ中継では放送時間の都合でカットされることもありますが、現地観戦では欠かせない見どころの一つですよね。しかし、ふと疑問に思ったことはありませんか?
「あの力士はどうやって選ばれているの?」
「関取じゃないのに、なぜ豪華な化粧廻しを付けているの?」
実は、弓取り力士の選出には相撲界ならではの厳しいルールや伝統的な背景があるのです。今回は、知っているようで知らない「弓取り式力士の選び方」を中心に、その舞台裏を深掘りしていきましょう。
弓取り式が行われる本来の意味と由来
そもそも、なぜ土俵の上で弓を振る必要があるのでしょうか。そのルーツは平安時代の「相撲節会(すまいのせちえ)」まで遡ると言われています。
古来、相撲で勝利した力士には、その栄誉を称えて「弓」が授与されました。受け取った力士が、勝利の喜びを表現するために弓を持って舞ったことが「勝ち舞」の始まりです。
織田信長の時代にも、上覧相撲で勝った力士が信長から贈られた弓を手に舞ったという記録が残っています。つまり、弓取り式は本来「その日の結びの一番で勝った力士」が行うべき儀式だったのです。
しかし、現代の大相撲では結びの一番を戦うのは横綱や大関といった最高位の力士たち。激闘の直後に複雑な演武を行うのは体力的に厳しいため、現在は「代役」を立てる形式が定着しました。これが現代の弓取り式の形です。
弓取り式力士の選び方:3つの重要な基準
弓取り力士は、誰でも立候補すればなれるわけではありません。日本相撲協会の慣例に基づき、主に以下の3つのポイントで選出されます。
1. 所属する部屋や一門のつながり
最も優先される基準は、その場所に「横綱」が出場しているかどうかです。弓取り式は本来、横綱の勝利を祝う意味合いが強いため、原則として**「横綱がいる部屋」**の幕下以下の力士から選ばれます。
もし横綱の部屋に適任者がいない場合は、同じ「一門(系統を同じくする部屋のグループ)」の中から選ばれることになります。さらに横綱が不在の場所では、大関のいる部屋から選出されるのが通例です。
2. 身体能力と技術の高さ
弓取り式は、ただ弓を振り回しているわけではありません。片足でバランスを取ったり、大きな弓を指先で回転させたりと、非常に高度な技術が求められます。
土俵の上で弓を落とすことは縁起が悪いとされるため、プレッシャーに強く、なおかつ運動神経に優れた力士が抜擢されます。相撲の稽古だけでなく、弓の扱いについても特別な修業を積んだ者だけが、あの土俵に立てるのです。
3. 容姿端麗であること
意外に思われるかもしれませんが、見た目も重要な要素です。弓取り式は本場所のフィナーレを飾る「華」としての側面があります。
日本相撲協会の指針や過去の例を見ても、所作が美しく、土俵映えする「容姿端麗」な力士が選ばれる傾向にあります。力強さと美しさを兼ね備えていることが、選ばれし弓取り力士の条件なのです。
幕下以下なのに「関取」と同じ待遇?驚きの特権
弓取り力士に選ばれると、その地位は幕下以下(十両未満)であっても、生活や見た目が一変します。これは相撲ファンならずとも驚くような「特別な待遇」です。
大銀杏を結い、化粧廻しを締める
通常、幕下以下の力士は「丁髷(ちょんまげ)」であり、土俵に上がる際は黒い締め込み姿です。しかし、弓取り力士だけは別格です。
彼らは儀式の際、関取だけに許される**「大銀杏(おおいちょう)」を結うことが許されます。さらに、色鮮やかな「化粧廻し」**を着用して土俵に上がります。これは、彼らが「横綱の代行者」という極めて名誉な職務を遂行しているためです。
協会から支給される手当
弓取りを務める力士には、日本相撲協会から「役職手当」が支給されます。幕下以下の力士は基本的に「給料」ではなく「手当」で生活しているため、この追加収入は非常に大きな意味を持ちます。
毎日、全取組が終わった後の土俵を清め、神事に携わることへの正当な報酬と言えるでしょう。
「弓取りをすると出世できない」というジンクスの真相
相撲界には古くから「弓取り力士に選ばれると、関取(十両以上)になれない」という不吉なジンクスが存在します。
なぜこのような噂が流れたのでしょうか。理由はいくつか考えられます。
- 稽古時間の減少: 弓取りの所作を完璧にするための練習に時間を取られ、本業の相撲の稽古が疎かになる。
- 器用貧乏: そもそも「相撲で上を目指すよりも、器用で儀式に向いているベテラン」が選ばれやすかった時期がある。
しかし、現在ではこのジンクスは過去のものになりつつあります。例えば、かつて弓取りを務めた元関脇・豪風(現・押尾川親方)のように、弓取りを経験した後に実力で関取へ昇進し、長らく幕内で活躍した例も増えています。
現代では「名誉ある大役を務めることで精神的に成長し、相撲の成績も上がる」とポジティブに捉える力士も多いのです。
もし弓を落としてしまったら?知られざる掟
生身の人間が行う以上、極稀に弓を土俵に落としてしまうハプニングが起こります。しかし、ここにも相撲界の深いこだわりがあります。
弓を落とした際、力士は絶対に**「手で直接拾ってはいけない」**という決まりがあります。
相撲において土俵に手をつくことは「負け」を意味します。縁起を担ぐ世界ですから、たとえ儀式中であっても不吉な動きは避けなければなりません。
ではどうするのかというと、足の甲に弓を乗せ、器用に跳ね上げて空中でキャッチします。万が一の失敗さえも、伝統的な所作でカバーする。これこそがプロの技です。もし会場で落としてしまった場面に遭遇したら、その後の足さばきに注目してみてください。
弓取り式を支える道具と準備
弓取り式で使われる弓は、一般的な和弓よりも大きく、装飾も豪華です。これを毎日メンテナンスし、出番に備えるのも弓取り力士の大切な仕事です。
土俵の砂を払う動きや、天と地を指す所作の一つひとつには、「五穀豊穣」や「天下泰平」への祈りが込められています。単なるパフォーマンスではなく、神事としての重みを理解して観戦すると、より一層感慨深いものになります。
現地で観戦される際は、ぜひ最後まで席を立たずに、この伝統の粋を感じてみてください。
まとめ:弓取り式力士の選び方を知れば大相撲はもっと楽しい!
いかがでしたでしょうか。これまで何気なく見ていた弓取り式も、その裏側にある選出基準や苦労を知ると、見え方が変わってくるはずです。
最後に、今回のポイントを振り返ってみましょう。
- 弓取り式力士の選び方は、基本的に「横綱の部屋」や「同じ一門」から選ばれる。
- 高い運動能力だけでなく、容姿端麗であることも重要な選考基準。
- 幕下以下の力士であっても、大銀杏と化粧廻しが許される非常に名誉な役目。
- 「出世できない」というジンクスは、現代では打ち破られている。
結びの一番が終わった後の静寂の中で、弓を振る音が響く瞬間。それは、かつての勇者たちの勝利を称え、明日の無事を祈る神聖な時間です。
次回の本場所では、ぜひ弓取り力士の所作や、彼が締めている化粧廻しの美しさにも注目してみてください。その背景にある努力と伝統を知ることで、大相撲という文化の奥深さをより一層楽しめるはずです。
大相撲のガイドブックなどを片手に、お気に入りの弓取り力士を探してみるのも、新しい相撲の楽しみ方かもしれませんね。
