「星の王子様って、どの翻訳を選べばいいの?」
一度はそんな疑問を抱いたことがある人、多いのではないでしょうか。
サン=テグジュペリの名作『星の王子さま(Le Petit Prince)』は、世界中で愛され、日本語訳も数十種類にのぼります。
それだけに、初めて読む人ほど「どれを買えばいいの?」と迷ってしまうもの。
今回は、翻訳版や出版社ごとの違い、選び方のポイントをやさしくまとめました。
そもそも「星の王子様」はなぜ翻訳が多いのか
この作品が特別なのは、単なる童話ではなく「哲学的な寓話」だからです。
短い文のなかに深い意味が込められており、どの言葉をどう訳すかで印象ががらりと変わります。
1953年、内藤濯(ないとう・あろう)さんによる岩波書店版が日本で最初に出版されて以来、数多くの訳者が新しい解釈を試みてきました。
著作権の切れた2000年代以降は、出版社ごとに現代語訳や愛蔵版などが登場し、いまや“翻訳で選ぶ作品”の代表格になっています。
つまり、「星の王子様」は一冊ではなく“無数の王子様”が存在するともいえるのです。
内藤濯(岩波書店)版:定番中の定番
まず外せないのが、岩波書店の内藤濯訳。
1950年代に生まれ、半世紀以上にわたって読み継がれてきた日本語訳です。
特徴は、文語調のように落ち着いた日本語。
「ぼくは六歳のとき、絵を描いた」という冒頭の一文から、どこか古典的な響きが漂います。
ひらがなが多く、柔らかい印象ですが、少し昔の言葉遣いも残っています。
今読むと“少し古めかしい”と感じる人もいますが、それもまた味。
原作の詩的なリズムを丁寧に伝えており、文学作品としての完成度は群を抜いています。
「最初に読むなら定番を押さえたい」という人には、いまも間違いのない一冊です。
河野万里子(新潮社)版:現代語で自然に読める
もっと今風で、するっと読める訳がいいなら、河野万里子さんの新潮社版がおすすめ。
2006年に刊行されたこの新訳は、読みやすく自然な日本語で、初めて読む人にも入りやすい構成です。
「王子さまが砂漠に現れる瞬間」や「きつねとの別れ」など、情景が目に浮かぶような訳文が特徴。
原作の余韻を残しながらも、難しい言葉は極力使わず、流れるようなテンポで読ませてくれます。
子どもと一緒に読むのにもぴったりで、ルビ付きの版や挿絵カラー版も充実。
「初めて星の王子様に触れる」「家族で読む」という方には、この版がとても人気です。
池澤夏樹(集英社)版:作家ならではの感性で描く
もう少し文学的に味わいたいなら、作家・池澤夏樹さんによる集英社版。
芥川賞作家として知られる池澤さんの訳は、言葉のリズムや響きにこだわりが感じられます。
他の訳よりも一文一文が美しく、詩を読むような読後感。
「ことばの温度」や「間」を大切にしており、読む人によってはまるで別の作品に感じるほどです。
たとえば“心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない”という有名な一節も、池澤訳では少し違う言葉で描かれます。
そうしたニュアンスの違いこそ、翻訳を読み比べる醍醐味といえるでしょう。
倉橋由美子・山崎庸一郎・三田誠広…多彩な訳の世界
主要三人以外にも、個性豊かな翻訳者たちが独自の「王子様」を描いています。
倉橋由美子さん(中央公論新社)は、女性ならではの感性を生かし、柔らかく繊細な表現が印象的。
山崎庸一郎さん(みすず書房)は、研究者としての正確さと解釈を重視した版。
三田誠広さん(講談社青い鳥文庫)は、児童向けにルビ付きでわかりやすく構成されています。
つまり「どんな読者に向けて訳されたか」によって、同じ物語でもまるで異なる印象を受けるのです。
読み比べで感じる「言葉の温度差」
おもしろいのは、同じ場面でも訳によって情感が変わること。
たとえば、王子がきつねと別れるシーン。
ある訳では「涙をこらえながら歩きだした」、別の訳では「ゆっくりと砂の上に倒れた」。
どちらも正しい訳ですが、読む人の心に残る“余韻”が違います。
このように、翻訳は単なる言い換えではなく、「どんな音で語るか」という創作に近い行為。
だからこそ、星の王子様は何度でも新しい気持ちで読み返せるのです。
目的別・おすすめの選び方
翻訳が多いのはうれしい反面、「結局どれを買えばいいの?」という悩みも生まれます。
ここでは、目的別の選び方を整理してみましょう。
- 初めて読む・読みやすさ重視
→ 河野万里子(新潮社)版。現代語で自然に読める。 - 定番・文学作品として味わいたい
→ 内藤濯(岩波書店)版。詩的でクラシックな名訳。 - 作家の文体で深く味わいたい
→ 池澤夏樹(集英社)版。静けさと余韻が際立つ。 - 子どもと一緒に読みたい
→ 三田誠広(講談社青い鳥文庫)版。ルビ付きで読みやすい。 - 贈り物や保存用として
→ 愛蔵版や大型カラー版。装丁が美しく、記念の一冊に最適。
翻訳選びに正解はありません。
そのときの年齢や心の状態で、響く言葉は変わるもの。
一冊を読み終えたあとに、別の訳を手に取るのもおすすめです。
翻訳を選ぶ前にチェックしたい3つのポイント
- 文章のリズム
声に出して読んでみると、自分に合うテンポがわかります。 - 漢字とひらがなのバランス
小学生にも読みやすい平易な文か、大人向けの落ち着いた文体か。 - 挿絵と装丁
星の王子様は作者自身の水彩画が魅力。
カラー印刷かモノクロかで印象が変わります。
こうした細部まで見比べると、自分にしっくりくる一冊が見えてきます。
星の王子様が教えてくれること
どの訳を選んでも、この物語の本質は変わりません。
「大切なものは、目に見えない」というメッセージは、時代や言葉を超えて響きます。
翻訳者の数だけ“王子様の声”があるように、読む人の数だけ“物語の意味”が生まれます。
だからこそ、読むたびに新しい発見があるのです。
星の王子様はどれがいい?まとめとこれからの読み方
最後にもう一度整理すると——
- 読みやすさなら新潮社版(河野訳)
- 定番の名訳なら岩波書店版(内藤訳)
- 深く味わうなら集英社版(池澤訳)
いずれも、それぞれの王子様が違う表情で語りかけてくれます。
もし一冊に迷ったら、まずは気になった版を直感で手に取ってみてください。
そして、何年か後に別の訳で読み直してみましょう。
そのとき、自分の感じ方がどれほど変わっているかにきっと驚くはずです。
星の王子様は、読む人の成長とともに姿を変える物語。
どの翻訳を選んでも、そこには“あなたにだけの王子様”が待っています。
