ケナコルトとはどんな薬?
「ケナコルト」とは、**トリアムシノロンアセトニド**という成分を主成分とする合成副腎皮質ホルモン剤です。整形外科では関節炎や腱炎、ばね指、石灰沈着性腱板炎などの炎症を抑える目的で使われ、皮膚科ではケロイドや肥厚性瘢痕の注射治療に広く使われてきました。さらに美容医療でも、ニキビ跡の赤みや炎症を抑える目的で使われることもあり、医療現場では非常に汎用性の高い薬剤でした。
そんなケナコルトが、2025年に入ってから「入手できない」「販売中止」といった情報が全国的に広まりました。この記事では、販売中止の背景や今後の代替薬、そしてステロイド治療を継続する際のポイントを、医療現場の情報をもとにわかりやすく整理します。
ケナコルトの販売中止(供給停止)理由
ケナコルトは、ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)が販売してきた注射剤です。2025年春以降、次第に「限定出荷」の案内が医療機関向けに出され、7月には供給停止の見込みが正式に公表されました。
理由は「製造ラインの認証遅延」です。
製造を行っている海外工場で、新しい製造設備への切り替えと適格性評価が予定より遅れたことで、安定供給が困難になったとされています。品質や安全性に問題があったわけではなく、製造体制の遅れが原因です。
メーカーは「再開時期は未定」としており、事実上、販売中止の状態が続いています。
このため、医療機関によっては在庫を使い切り次第、注射治療を中止する対応を取っています。
代替薬はあるのか?現状の課題
多くの患者や医師が気にしているのが、「ケナコルトの代替薬はあるのか?」という点です。結論から言えば、同一成分・同等効能をもつ注射剤は国内に存在しません。
ケナコルトの有効成分であるトリアムシノロンアセトニドを含む注射薬は、現在日本国内では販売されていないため、同じ感覚で使える代替薬がないのが実情です。
医療機関によっては、他のステロイド注射薬(例えばベータメタゾンやデキサメタゾンなど)を使用して炎症を抑える治療を検討していますが、薬理作用や持続時間、組織への浸透性などが異なるため、「完全な代替」とはいえません。
そのため、代替薬を使う場合には次のような注意が必要です。
- 効果や持続時間が異なる可能性がある
- 組織反応や副作用のリスクが変わる
- 治療経験が少ない薬剤では医師の判断が慎重になる
整形外科、皮膚科、美容外科など、それぞれの分野で「最適な代替治療法」を個別に検討している段階といえます。
医療現場で起きている混乱
ケナコルトの供給停止により、実際に多くのクリニックや病院が影響を受けています。
- 整形外科では、関節内注射の代替がなく、リハビリや湿布治療に切り替えるケースが増加。
- 皮膚科・形成外科では、ケロイドや肥厚性瘢痕の注射治療を中断し、外用薬やレーザー治療に移行。
- 美容医療では、ニキビ跡のステロイド注射ができず、別の治療法にシフト。
多くの医療機関が公式サイトで「当面、ケナコルト注射を停止します」「代替薬がないため治療方針を見直します」と告知しています。
これは単なる一時的な欠品ではなく、供給再開のめどが立たない“長期的な供給停止”として受け止められています。
ケナコルトが使われていた代表的な症状と代替治療
ここでは、ケナコルトが使われていた主な症状ごとに、医療現場で検討されている代替治療の方向性をまとめます。
● 整形外科領域(関節炎・腱炎など)
- 代替案1:他のステロイド注射薬(例:リンデロン注、デカドロン注など)
→ 効果はあるものの、トリアムシノロンのように持続性が長くない。 - 代替案2:ヒアルロン酸注射
→ 関節の動きを滑らかにする目的で使用。炎症抑制効果は弱いが、安全性が高い。 - 代替案3:リハビリや物理療法への切り替え
→ 急性期以外では炎症を抑える目的で有効なケースもある。
● 皮膚科・形成外科(ケロイド・瘢痕など)
- 代替案1:ステロイド外用薬+圧迫療法
→ 保険診療で継続可能。注射より穏やかに効果を狙う。 - 代替案2:レーザー治療やトラニラスト内服
→ 美容領域では代替として一般的になりつつある。 - 代替案3:ステロイド含有貼付剤(例:ドレニゾンテープなど)
→ 局所的に炎症を抑えることができ、ケロイド治療の代替策として注目。
● 美容医療(ニキビ・赤みなど)
- 代替案:外用ステロイドやケミカルピーリング、LED治療など
→ 炎症抑制の目的で一時的な代替になるが、即効性は低い。
いずれの場合も「どの代替法を選ぶか」は症状の重さや目的によって異なります。自己判断ではなく、必ず主治医と相談して最適な方法を決めることが大切です。
医薬品供給の背景にある構造的な問題
ケナコルトの供給停止は、単なる一製品の問題ではなく、日本の医薬品供給体制全体が抱える課題を浮き彫りにしています。
- 古くから使われている「長期収載品」は、薬価が低く採算が取りにくい。
- その結果、製薬会社が生産を続けるインセンティブが減少。
- 製造ラインを更新する費用や手間がかかるため、再認証や再構築が遅れやすい。
- 利益率の低い注射剤や汎用薬が、真っ先に生産停止の対象になりやすい。
つまり、ケナコルトの販売中止は偶然ではなく、「医薬品供給の構造的な限界」が表面化した例でもあるのです。
これは今後、他の古い薬剤にも波及する可能性があります。
ステロイド治療を続けたい人が意識すべきこと
ケナコルトが使えなくなった今、患者側が意識しておくべきポイントは次の3つです。
- 代替治療の選択肢を知ること
注射が使えなくても、外用薬・物理療法・リハビリなどで症状を緩和できるケースは多いです。 - 長期的な治療方針を立てること
供給再開がいつになるか分からないため、一時的な対応ではなく、長期的な治療計画を立てておくことが大切です。 - 医師とのコミュニケーションを密にすること
医療機関によって対応方針が異なるため、治療を継続する場合は代替薬や施術方法を医師と十分に相談してください。
特にケロイドや慢性関節炎など、継続治療が前提の疾患では、早めに代替方針を立てることが必要です。
今後の見通しと再開の可能性
現時点では、ケナコルトの再供給予定は発表されていません。
BMSは「製造ラインの認証作業を進めている」としていますが、再開時期の目処は未定です。
一部では「2026年以降に再開されるのでは」との見方もありますが、確定情報ではありません。
したがって、患者や医療機関は「再開を待つ」のではなく、「今ある選択肢で治療を継続する」方向にシフトすることが現実的です。
ケナコルトの販売中止から見える医療の課題
今回のケナコルト販売中止は、単なる薬の供給問題ではありません。
それは、「当たり前に使えていた薬が突然なくなる」時代に、医療と患者の双方がどう備えるべきかを示す象徴的な出来事です。
- 医薬品の供給は永続的ではない
- 代替薬や別治療への柔軟な対応が必要
- 医療の現場も患者も、情報を共有しながら変化に適応していく
医療の安全性と安定供給を両立させるには、制度面・経済面での改革も必要でしょう。
ケナコルトの販売中止理由と代替薬のまとめ
ケナコルトの販売中止は、製造ラインの認証遅延による供給停止が原因です。
有効成分トリアムシノロンアセトニドを含む同等の注射薬は国内で入手できず、完全な代替薬はありません。
しかし、症状や目的に応じて他のステロイド注射や外用治療、リハビリなどに切り替えることは可能です。
今後の治療方針は、医師と相談しながら柔軟に選んでいくことが大切です。
ケナコルトの販売中止は、医薬品の供給体制が抱える課題を示すと同時に、「治療の多様化と選択肢の確保」の重要性を教えてくれる出来事でもあります。
