「タッチフォーカスって、もう販売終了したの?」
最近そんな話題を耳にして調べてみると、確かに2023年に販売が終わっていた。
一見カメラのフォーカス機能のような名前だが、実はこれは三井化学が手掛けた“電子制御メガネ”のブランド。
この未来感あふれる製品がなぜ姿を消したのか。今回はその真相を丁寧に追っていく。
タッチフォーカスとは?液晶で焦点を変える次世代メガネ
タッチフォーカス(TouchFocus)は、三井化学が2018年に発売した革新的なメガネだ。
最大の特徴は、レンズに埋め込まれた液晶が電気的に屈折率を変えることで、遠近の焦点を瞬時に切り替えられる点。
メガネのつるに搭載されたタッチセンサーに触れると、レンズの一部が近距離用の度数に変わり、細かい文字や手元作業がクリアに見える仕組みだった。
つまり、「遠近両用」や「老眼鏡」を掛け替えなくても、ワンタッチで視界を変えられる。
コンセプトだけ見れば、まさに“未来のメガネ”だった。
価格はおおよそ25万円。全国の限られた眼鏡店で販売され、一定の話題を呼んだ。
ただし、その後の展開を見ると、期待されたほどの市場拡大には至らなかったようだ。
2023年で販売終了、公式発表に見る「撤退」の現実
公式サイトによると、タッチフォーカスは2023年9月30日をもって販売を終了している。
店舗での最終受付は同年8月15日まで。修理対応は2026年9月30日までと明記されている。
つまり、製品サポート自体も期限が設定され、完全撤退の流れが示された形だ。
5年足らずで幕を下ろした理由について、三井化学は詳細を明示していない。
しかし、業界関係者のコメントや報道、販売状況から読み解くと、複数の要因が浮かび上がってくる。
販売終了の理由①:ビジネスモデル転換の難しさ
まず挙げられるのは、**「材料メーカーからB2C製品への挑戦」**という構造的な難しさだ。
三井化学はもともとレンズ素材や樹脂の大手メーカーであり、B2B(企業向け)取引が主軸だった。
一方、タッチフォーカスはエンドユーザーに直接届けるB2C製品。受注から製造、販売、アフターサービスまで、まったく異なる体制が求められた。
社内インタビューでは「受注システムを新たに構築する必要があった」「眼鏡店との連携体制が大きな課題だった」との声もある。
大手化学メーカーがいきなり個人向け事業に参入するのは簡単ではなく、そのオペレーションコストが重くのしかかった可能性が高い。
販売終了の理由②:価格と市場のギャップ
もう一つの要因は、価格設定とターゲット層のミスマッチだ。
25万円という価格は、一般的な遠近両用メガネの数倍。
技術的な価値を理解してもらうには、まだ市場が成熟していなかった。
日常使いよりも“ガジェット好き”や“ハイエンド志向の層”向けで、販売量を伸ばすのは難しかったとみられる。
たとえば、釣りやドライブなど特定のシーンでは「手元が見やすくなる」と好評だったが、生活必需品としての普及には至らなかった。
多くのユーザーが「普通の遠近両用で十分」と感じたことも、販売終了を後押ししただろう。
販売終了の理由③:製造コストと技術的ハードル
タッチフォーカスのレンズは、液晶や電極、フィルターなどを多層構造で組み合わせた高精度パーツ。
そのため生産コストが非常に高く、歩留まりや耐久性にも課題があったとされる。
さらに、レンズの厚みや重量、電源ユニットの配置など、日常使用に耐える“完成度”を保つには相当な技術力とコストが必要だった。
このような高コスト構造では、量産効果を出しにくい。
結果として「高い価格を維持しなければ利益が出ない」という悪循環に陥ったと推察される。
販売終了の理由④:市場ニーズと競合技術の進化
メガネ市場全体を見ても、近年は遠近両用や中近レンズの性能が大幅に向上している。
ユーザーにとっては「液晶制御で切り替える」よりも、「自然に視界が連続する」レンズのほうが使いやすい。
また、スマートグラスや拡張現実(AR)デバイスの台頭など、別方向の進化も目立ってきた。
タッチフォーカスのような「電気で度数を変える」技術は魅力的ではあるが、
その価値を実感できる場面が限られていたことも否めない。
つまり、市場が求める方向と製品のコンセプトが少しずれていた可能性がある。
販売終了の理由⑤:戦略的撤退と集中
三井化学は中期経営計画「VISION2030」の中で、重点領域の選択と集中を進めている。
その中で「高付加価値素材」「医療・モビリティ・ICT分野」などを成長軸に据える一方、
タッチフォーカスのような少量生産の消費者向け製品は、継続コストに見合わないと判断されたのだろう。
「撤退」ではなく「挑戦の区切り」と捉えるべきかもしれない。
実際、同社はこの技術で得た知見を今後の光学素材開発や新規事業に生かす意向を示している。
カメラ愛好家が注目する理由
さて、なぜこの話題がカメラ愛好家の間で注目されているのか。
それはタッチフォーカスが“光学レンズの未来”を感じさせる製品だったからだ。
レンズの屈折率を電気的に変化させるという発想は、
可変NDフィルターやチューナブルレンズなど、カメラ分野の技術にも通じる。
いわば「フォーカスを電子的に変えるメガネ版」であり、光学好きにはたまらない仕組みだった。
また、外観はクラシックでありながら内部は電子制御というギャップも魅力。
ガジェット的な価値、そして“試作機のようなワクワク感”が愛好家の心をくすぐったのだ。
いま市場で見かけるタッチフォーカスは?
販売終了後も、一部の中古市場や展示イベントなどでタッチフォーカスを見かけることがある。
ただし、新品在庫はほぼ流通しておらず、修理対応も2026年まで。
実際に購入を検討する場合は、サポート期限を確認するのが必須だ。
なお、類似の技術を搭載した製品は国内外でも開発が続いており、
将来的には“電子可変レンズ”を用いたメガネが再び登場する可能性もある。
タッチフォーカス販売終了が示すもの
タッチフォーカスの販売終了は、単なる製品撤退ではない。
それは「素材メーカーがユーザー体験に踏み込んだ挑戦の証」ともいえる。
技術的な価値は確かに高く、今後の光学分野やスマートアイウェア開発に大きなヒントを残した。
たとえ短命でも、“未来を先取りした製品”としての存在感は強い。
そしてこの試みが、今後のメガネやカメラの世界をより面白くしていく種になるはずだ。
タッチフォーカス販売終了の真相と、次に来るもの
改めてまとめると、タッチフォーカス販売終了の背景には
「価格」「市場規模」「製造体制」「戦略転換」といった複合的な要因があった。
だが、その裏には日本企業らしい真摯な挑戦があったことも確かだ。
カメラ愛好家にとっても、光学技術の進化や可変レンズの概念を理解するうえで、この製品は象徴的な存在だった。
今後、スマートグラスや電子レンズが一般化する時代になれば、
タッチフォーカスは“その原点のひとつ”として語り継がれていくだろう。
販売終了は惜しいが、その技術と発想は確実に未来へとつながっている。
