アメリカ・サンフランシスコ発の伝説的クラフトビール「アンカースチーム」が終売──。このニュースは、世界中のビールファンに衝撃を与えました。
日本でも長年にわたり愛されてきたこの銘柄が、なぜ姿を消すことになったのか。そして、アンカースチームのような味わいや雰囲気を楽しめる代替ビールはあるのか。
この記事では、その背景と今後注目したいクラフトビールを、クラフト文化の歴史とともに解説します。
アンカースチームとは?クラフトビールの原点にして象徴
アンカースチーム(Anchor Steam)は、アメリカ西海岸を代表する老舗ブルワリー「アンカーブルーイング(Anchor Brewing)」の看板商品です。
1896年にサンフランシスコで創業し、長い歴史の中で「スチームビール」という独特のスタイルを確立しました。
スチームビール(別名カリフォルニア・コモン)は、ラガー酵母を高めの温度で発酵させることで、エールの香りとラガーのキレを両立したスタイル。
アンカースチームはその代表格であり、「アメリカのクラフトビール文化はここから始まった」と言われるほどの存在です。
1960年代には経営難に陥りましたが、若き実業家フリッツ・マイタグ(Fritz Maytag)が買収。品質改良とブランド再建を進め、クラフトビールの先駆者として再び脚光を浴びました。
その後のクラフトブームの火付け役となり、多くのブルワリーが「手作りの味」を追求するきっかけを作ったのです。
なぜアンカースチームは終売になったのか?
そんな伝統あるブランドが、なぜ終売という決断に至ったのか。
2023年7月、アンカーブルーイングは127年の歴史に幕を下ろし、事業停止を発表しました。理由は一つではありません。
1. 売上の低迷と市場環境の変化
パンデミック以降、アメリカでは飲食店向け販売が大幅に減少。
家庭内消費への移行が進んだ一方で、クラフト市場では「新しい銘柄を次々と試す」消費スタイルが主流になりました。
結果、伝統的ブランドであるアンカースチームの存在感は相対的に薄れていきました。
2. 経営方針とブランディングの迷走
2017年にサッポロホールディングスがアンカーブルーイングを買収。
日本企業による再生への期待が寄せられましたが、2021年のリブランディング(ラベル・ロゴ変更)が逆風に。
「クラシックなデザインが良かった」「アンカーらしさが消えた」とファン離れを招いたと言われています。
3. 経済環境とコストの上昇
原材料価格や物流コストの上昇も経営を圧迫。
サッポロは米国内で他ブランド(ストーン・ブルーイング)への投資を優先したことで、アンカーの経営再建は後回しにされたとの見方もあります。
4. 地元との関係性の変化
かつてはサンフランシスコの誇りとまで呼ばれたブランドでしたが、外資傘下となったことで「地域のブルワリー」という親しみが薄れた、との声も。
地元文化と結びついたクラフトビールにとって、この距離感の変化は致命的でした。
こうして、さまざまな要因が重なり、アンカースチームは2023年夏をもって終売。127年の歴史が静かに幕を閉じました。
終売の衝撃と世界の反応
終売のニュースは瞬く間に世界中を駆け巡りました。
サンフランシスコの醸造所タップルームには最後のビールを求めるファンが長蛇の列を作り、SNSには「時代が終わった」「最後の1本を冷蔵庫に残している」といった投稿があふれました。
日本でもクラフトビールファンを中心に話題に。
輸入ショップでは在庫が一気に売り切れ、アンカースチームを懐かしむ声が多数上がりました。
「クラフトビールを飲み始めたきっかけがアンカーだった」「これで本当の意味でクラフトの原点が消えた」といった感想も多く見られます。
また、蒸気ビールというスタイル自体が希少なため、「同じ味わいを再現できるビールがほとんどない」という点もファンの喪失感を深めています。
アンカースチーム終売が示すクラフト業界の課題
今回の終売は、単なる一商品の販売終了ではなく、クラフトビール業界全体の変化を象徴する出来事でもあります。
- ブランドの継続は容易ではない
クラフトブームを生み出したブランドであっても、市場変化に対応できなければ淘汰される。
特に「伝統」「職人気質」といった価値観を守りつつも、若い世代の嗜好に寄り添う柔軟さが求められています。 - 地域性とグローバル経営のバランス
地元文化に根ざしたクラフトが、グローバル資本のもとでどうアイデンティティを維持するか。
アンカーの事例は、多くのブルワリーにとって教訓となるでしょう。 - 消費者の“多様性志向”への対応
クラフト市場は飽和状態とも言われ、新しいスタイル・コラボ・限定品など“刺激”が求められています。
定番ブランドを守るだけでは、注目を集め続けるのが難しい時代です。
アンカースチーム好きにおすすめの代替ビール5選
アンカーの味を懐かしみつつ、新たなクラフトビールの魅力を探したい方に向けて、代替候補を5つ紹介します。
※ここでの紹介は体験・風味の傾向に基づく一般情報であり、購入や飲酒を推奨するものではありません。
1. ブルックリンラガー(アメリカ)
クラシカルなアメリカンアンバーラガー。モルトの香ばしさと軽いホップ苦味が特徴で、アンカーの持つバランス感に近い。
輸入流通量も多く、比較的入手しやすい一本です。
2. スモークドポーター(日本・ベアレン醸造所)
岩手の老舗ブルワリーによるスモーキーな香りの黒ビール。
アンカー・スチームの兄弟銘柄「アンカーポーター」に通じる麦芽の深みを感じられます。
3. スプリングバレー 豊潤496(日本・キリン)
大手ながらクラフト志向の代表格。モルトの厚みとホップの華やかさのバランスが良く、飲みごたえがありつつ上品な仕上がり。
クラフト入門者にもおすすめの国産代替。
4. ファイヤーストーンウォーカー アンバーエール(アメリカ)
西海岸スタイルの芳ばしいアンバーエール。カリフォルニアらしいホップ香が際立ち、アンカーの系譜を感じさせる1本。
アメリカのクラフト文化を継承するブランドとして注目。
5. よなよなエール(日本・ヤッホーブルーイング)
日本のクラフトビール普及を牽引した存在。
柑橘の香りと麦芽の甘みが絶妙で、アンカーの「親しみやすさ」「日常に溶け込む味」を思わせる定番です。
終売のその先へ──クラフトビール文化は続いていく
アンカースチームが市場から姿を消したのは残念ですが、その精神は今も世界中のブルワリーに息づいています。
「小さくても個性を発信する」「地域とともに作る」「味に哲学を込める」──これこそがクラフトビールの本質。
アンカーが築いた土台があったからこそ、今の多様なビール文化が生まれました。
終売をきっかけに、改めてクラフトビールの楽しさや奥深さを再発見する人も多いはずです。
あなたの冷蔵庫にも、次の“お気に入り”が眠っているかもしれません。
「アンカースチーム 終売」というニュースを悲しみで終わらせず、新しいクラフトの世界へ旅立つきっかけにしてみてください。

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