ビール好きの方なら、一度は手に取ったことがあるであろう「ザ・モルツ」。
その缶タイプが、静かに市場から姿を消したことをご存じでしょうか。
かつて“UMAMI(旨み)”をキーワードに登場したサントリーの看板ビールの一つが、なぜ終売を迎えたのか。そして、その背景にはどんな戦略や市場の変化があったのか。
この記事では、「ザ・モルツ」終売の真相と、今後のビールブランドの行方を掘り下げていきます。
「ザ・モルツ」とは?誕生から終売までの歩み
「ザ・モルツ」は、サントリービールが2015年に発売したレギュラービール。
それ以前に存在していた「モルツ」の後継として登場し、麦芽100%のコクと旨みを追求したブランドでした。
特筆すべきは、“UMAMI発酵製法”という製造技術。
チェコ産のダイヤモンド麦芽を一部使用し、麦芽とホップの旨みを最大限に引き出すことを狙った製法で、まろやかな苦味と深い余韻が特徴でした。
当初のキャッチコピーは「ビールに、うまみという答え。」──その名の通り、サントリーがビールの原点に立ち返り、素材の良さを全面に打ち出した商品だったのです。
2015年の発売当時、「スーパードライ」、「一番搾り」、「黒ラベル」といった競合ブランドが長年市場を席巻しており、サントリーはスタンダードビール市場への再挑戦を掲げていました。
上位には「ザ・プレミアム・モルツ」、下位には発泡酒・新ジャンル商品。
その中間に位置づけられたのが、「ザ・モルツ」でした。
「ザ・モルツ」缶タイプ終売の事実と時期
サントリー公式サイトによると、「ザ・モルツ」缶(350ml・500ml)は2023年3月製造分をもって終売。
つまり、すでに市場に出回っている在庫がなくなれば、一般流通では手に入らなくなるということです。
一方で、業務用の瓶や樽は2024年3月頃まで製造が続けられていました。
これは居酒屋や飲食店向けの供給を段階的に終了させるための措置で、完全終了は徐々に進められている形です。
缶タイプが先に姿を消したのは、家庭用市場におけるブランド整理の一環だったと考えられます。
なぜ「ザ・モルツ」は終売したのか?3つの理由
1. 市場ポジションの曖昧さ
「ザ・モルツ」は、プレミアムでもなく、第3のビールでもない“中間層”を狙った商品でした。
しかしこのポジションは、結果的に難しい立ち位置でした。
価格はやや高めながら、「プレモルほど特別ではない」と感じる消費者が多く、店頭での訴求力が弱まっていったのです。
ビール市場が「高級志向」か「コスパ志向」に二極化する中で、スタンダードカテゴリーの存在感が薄れていきました。
2. 競合ブランドの圧倒的存在感
「スーパードライ」、「一番搾り」、「黒ラベル」。
これらの老舗ブランドが依然として強力なシェアを誇る中、「ザ・モルツ」は明確な差別化が難しかったのも事実です。
サントリーは「ザ・プレミアム・モルツ」で高価格帯市場を席巻しており、消費者の間では“サントリー=プレモル”というイメージが定着していました。
結果として、「ザ・モルツ」は中途半端な存在として埋もれてしまったと言えます。
3. ビール市場全体の再編と酒税改正
2023年10月の酒税改正により、ビールの税率が引き下げられ、発泡酒・新ジャンルとの価格差が縮小。
このタイミングで、各メーカーは製品ラインナップを見直しています。
サントリーも同様に、リソースを集中する戦略を取り、「ザ・モルツ」の缶生産を終了。
新ブランド「サントリー生ビール」に切り替える動きを見せました。
「ザ・モルツ」が果たしていた“手頃な価格で本格的な味”という役割を、新ブランドが引き継いだ形です。
つまり、終売は“撤退”ではなく“転換”。サントリーの中期戦略の一環として整理されたと見る方が自然です。
「ザ・モルツ」終売で生まれたファンの声と反応
SNSでは「ザ・モルツ」が店頭から消えた、「あの苦味が好きだったのに」といった声が多く見られます。
一部のファンは在庫を買いだめし、“最後のモルツ”を楽しむ姿も。
特に麦芽の香ばしさや後味のキレを評価する声は根強く、「プレモルとは違う、日常の一杯」として愛されていました。
一方で、すでに後継商品「サントリー生ビール」に移行した人も多く、「飲みやすくなった」「軽快な後味で日常向け」といった肯定的な意見も増えています。
この移行のスムーズさも、サントリーのブランド戦略が成功している一因でしょう。
「ザ・モルツ」終売はサントリーの戦略転換の象徴
ここで注目したいのは、終売そのものよりも「ブランド再編」の方向性です。
サントリーはこの数年、ビール市場の変化に応じて複数のブランドを整理・統合してきました。
「ザ・モルツ」の終売も、単なる販売不振ではなく、今後を見据えた再構築の一手といえます。
・主力ブランドの一本化
・製造ラインや流通コストの最適化
・新税制に対応した価格戦略
これらを総合的に進める上で、重複するブランドを整理するのは自然な流れです。
また、限られた広告・販促予算を「サントリー生ビール」や「ザ・プレミアム・モルツ」に集中させることで、ブランド認知を明確にする狙いもあります。
今後のビール市場と「ザ・モルツ」後の行方
1. ビール市場の二極化が進む
現在の国内ビール市場は、「プレミアム志向」と「ライト志向」に分かれつつあります。
「ご褒美ビール」としての高品質プレミアム、「日常ビール」としてのカジュアル路線。
その中間にいた「ザ・モルツ」が消えるのは、時代の流れに沿った結果でもあります。
2. 新ブランド「サントリー生ビール」の存在
「サントリー生ビール」は、2023年からサントリーが本格的に推し出している新しいスタンダードブランド。
麦芽100%の豊かな味わいを保ちながら、軽やかで飲みやすい仕上がりが特徴です。
つまり、「ザ・モルツ」が築いてきた“本格派ビールを手軽に楽しむ”という価値を引き継いでいるとも言えます。
3. クラフトビール市場の拡大と個性化の時代
一方で、クラフトビール人気が定着しつつある今、消費者は「味の個性」や「ストーリー性」を求めています。
「ザ・モルツ」のようなレギュラーラインは、差別化が難しい時代に入ったのかもしれません。
今後のサントリーは、大手としてのスケールと、クラフト的な個性を両立させる方向へシフトしていく可能性が高いでしょう。
終売のその先へ──「ザ・モルツ」が残したもの
「ザ・モルツ」は、単なる“終売ブランド”ではなく、サントリーの挑戦と転換を象徴する存在でした。
“UMAMI”という独自の切り口でビールの味を再定義し、プレミアムでもライトでもない“日常の贅沢”を提案したブランド。
その姿勢は、新たな「サントリー生ビール」や他社ブランドにも確実に影響を与えています。
消えていく商品にも、次の世代をつくる役割があります。
「ザ・モルツ」はその一つの節目だったと言えるでしょう。
もし店頭で最後の1本を見かけたら、ぜひ味わってみてください。
その一口には、日本のビール文化が変わりゆく瞬間の記憶が詰まっています。
「ザ・モルツ」終売を振り返り、これからの一杯を楽しむ
「ザ・モルツ」の缶タイプ終売は、多くのファンにとって寂しいニュースでした。
けれども、その裏にはメーカーの挑戦、時代の変化、そして次の世代への橋渡しという意味があります。
“あの味”を懐かしむ気持ちとともに、私たちは次のビールに出会う楽しみを持ち続けたい。
「ザ・モルツ」が残した“旨み”の精神は、これからもサントリーのビールづくりの根底に流れ続けていくはずです。

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